歌は世につれ世は歌につれ、諸行無常などと言いまして、価値観なんてものは時代とともにコロコロと変わっていくものでございます。
昭和の時代と言いますと、まだ直にその時代を知る人、すなわち高齢者が多くいるので、どんな時代だったかを直接当時を知る人から聞くこともできます。同時にこのところ、昭和レトロなどと言って、改めて昭和の「良かったところ」「魅力的だったところ」を振り返って楽しむという人も増えているようです。
はじめに
1957年、すなわち昭和32年、美容師法が施行され、ここから今現在の美容師の歴史が始まったと言えます。
ただし、美容師はそれ以前から日本にいました。昔から日本では、伸びすぎた髪を切って整えるのではなく、結って整える「髪結い」という職業が定着していました。
江戸時代には女性の専門職は髪結いか産婆などに限られ、妻の収入で楽な暮らしをする夫を指す「髪結いの亭主」という言い回しが生まれたくらいです。
さて、昭和の時代に美容師は、社会の中でどんな存在だったのでしょう。
憧れの職業
大正時代(1912~1925年)から昭和にかけて、東京、大阪、愛知、京都などで美容学校が設立されていきました。それまで美容師は昔ながらの徒弟制度による職人仕事だったのですが、きちんとしたカリキュラムで技術を学ぶ職業となっていったのです。
女性の社会進出が本格化するのは1970年代からですが、それまでは女性が社会で働く際の選択肢は多くありませんでした。そんな少ない選択肢の1つであり、高度な技能を必要とする専門職で、しかも美容の最先端を行く美容師は、当時の女性の憧れの職業の1つだったようです。
職人仕事
美容師の技能を身に付けるための美容学校が登場し、昔ながらの徒弟制度による職人仕事だった美容師は、きちんとしたカリキュラムで育成される職業となっていきましたが、熟練した技能を必要とする仕事には違いありませんでした。
パーマが新しい流行としてもてはやされ始めたのは昭和初期のことだそうです。ただ、パーマ液などの美容用品も設備も今ほどの性能がなく、今以上に美容師の技能が重視されていました。
美容学校ではもっぱら美容師国家資格の取得に重点を置くので、実践的な美容師の技能などはやはり美容室に就職してから学ぶしかなかったのです。そのため、美容室は上下関係の厳しい、依然として徒弟制度的な風土が残る職場だったようです。昭和の時代は美容師以外でも、一般的な企業の営業職でも似たような感じだったので、美容師だけが特別ということでもありませんが。
おまけ・今も営業中の昭和の美容室?
昭和の美容業界には良い面も悪い面もあったようですが、美容師は多くの女性が憧れる、高度な技能を発揮する専門職ではあったようです。
昭和ははるか遠い昔です。タイムスリップでもしない限り戻ることはできませんが、昭和の美容室は、探せばまだあるみたいです。
昭和な美容室
美容師国家資格には年齢制限がなく、違反をして取り消し処分を受けない限り、更新しなくても生涯有効です。そのため、美容師に定年はほぼないと言われています。やろうと思えば80代でも美容師として仕事できるわけです。
地方では、そんな高齢美容師が1人で切り盛りする個人経営美容室があったりします。設備もほとんど昭和のままですし、まるで昭和にタイムスリップしたような店です。お客様も長く通う常連ばかりで、若い人はほぼいません。
昭和レトロな美容室
昭和の文化が再評価される「昭和レトロブーム」なんてものがあるそうです。昭和の時代に日常で使っていたブラウン管テレビ、カセットプレーヤー、ダイヤル式電話などが「懐かしさ」「温もり」を感じられるからと、人気を集めています。
場所では何と言っても純喫茶が注目されています。同様に、美容室にも昭和レトロを求める若い人がいて、新しく美容室を開く際に、わざわざ昭和の雰囲気がある外装、内装にするのだそうです。
まとめ
美容師は多くの女性が憧れる職業でしたし、高度な技能を必要とする職人仕事でもありました。「ありました」と言いますか、今もそういう要素は濃厚ではないかとも考えられます。


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